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YAMAGUCHI::weblog

土足で窓から失礼いたします。今日からあなたの息子になります。 当年とって92歳、下町の発明王、エジソンです。

プログラミングと私にまつわるお話

増田は特に賛成も否定もせず眺めていることが多い。ただなんだか今回は初めて反応してしまった。この淡々とした文章の中に自分と通ずる物を感じた。
自分の場合、コンピュータと初めて出会ったのは小学校1年生の時だった。MSX2+というのを親が突然買ってきた。パソコンとファミコンの違いも分かってなかった自分はただただ驚いた。と同時に使い方が分からず、結局内蔵のワープロしか使っていなかった。
叔父がテトリスを買ってきた。3.5inchフロッピーのゲームだった。ファミコンでなくてもゲームができることを知った。少しパソコンという物に興味がわいた。
その後、時間は停滞し気がつけば小学校5年生になっていた。ひょんなことから知り合った科学館の人からMSX FANという雑誌の存在を聞かされた。当時月1000円の小遣いをすべてはたいて雑誌を買った。知らない言葉がたくさん出てきた。付録のフロッピーにたくさんのゲームが入っていた。BASICという言語があることを知った。
その後数ヶ月し、塾に雑誌を持って行ったら同じくMSXを持っている子がいた。同級生なのにBASICで落ち物系パズルゲームを作っていた。信じられなかった。家に帰って取扱説明書とセットでもらったBASICの入門書を読んでみた。意味が分からなかった。"THEN"を「てぃーえいちいーえぬ」と読んでいた。"GOSUB"を「ごーすぶ」と読んでいた。結局BASICは習得できなかった。周りに相談する人もいなかった。その後中学、高校とそれなりに理系で過ごすものの、プログラミングとは縁遠かった。

大学に入った。教養でプログラミングをやらされた。Javaだった。初めてコンパイルという行為を知った。意味が分からなかった。もう無理だ。あきらめた。プログラミングなんてしないでおこう。そう思った。
大学2年になった。サークルでWebサイトを作るのが流行った。HTMLを知った。テキストと表と図がブラウザで表示されただけなのに感動した。なぜか凄く感動した。CSSもすぐに覚えた。そういうことか。少し近い存在になった気がする。
その後ブログというやつが出てきた。なんだこれは?原理が分からなかった。また遠い存在に感じた。ただ機械に対する情熱がなぜか増していた。

大学3年の夏休み、奮起してオライリーの「C実践プログラミング」を一冊やった。全部問題を解いた。プログラミングができるようになった気がした。演習でCでCGIを書いた。書けた。感動した。初めて自分で書けた。
大学4年。卒業研究。MATLABを使った。BASICを思い出した。懐かしい時間が過ぎた。結局MATLABC++でシミュレータを作った。MATLABに関しては自作のライブラリを作った。C++はまだオブジェクト指向では書けていなかった。でも自力でできた。うれしかった。

大学院入学。自活しようと思い、思い切ってバイトでプログラマをやってみることにした。入ったその日に「PHPPostgreSQLで検索サイト作って」と言われた。データベースなんて知らなかった。サーバサイドってなんのことやら。
でも楽しかった。こんな言語があることを知らなかった。動的型付けに衝撃を受けた。RDBMSに感動した。自分で動的サイトが作れた。辛い時期だったけど楽しかった。
C++で製品を作ることになった。デスマーチまっしぐらだった。上流工程の大切さを下流である自分は身を以て実感した。でもプログラミングそれ自体は楽しかった。

結局大学院2年の夏から研究に本腰を入れた。C++ばかり使っていたので、いつの間にか研究室でもプログラミングが書ける方になっていた。それでも昔からやっていた人にはかなわなかった。悔しかった。なにか一つでもやってやろうと思った。
研究が行き詰まった。どうも自分のやりたいことじゃない。思い切って指導教員の先生に「自分は研究よりもサービスを作りたいです」と言った。先生は頷いてくれた。心優しい先生だった。思えばこの先生がいなかったら卒業なんてできなかった。自分がやったことを「研究」の形にまとめてくれた。

結局CORBAを使って一つのサービスを作った。修論発表の本番でデモを行って見せた。本当に動いた。できた。自信を持って発表を終えた。

今はPythonを使って遊んでいる程度だけど、プログラミングはますます好きになるばかりだ。周りにそういう友人がいることがまたうれしい。プログラミングを通じて交流も増え、一部の友人とはつながりも強くなった。
別に今の時代プログラミングは特別なことじゃないんだと思う。ただ知るきっかけがあるかないか。それにつきる。現に会社に入った文系卒の女の子は入社時にはWindowsもろくにさわれなかったのに、今やAIX上でPL/SQLを嬉々として書いている。環境がそうさせれば、書ける。

小学校1年生の時に出会って、紆余曲折を経ていまニュアンスは違えどプログラミングが自分のメインの仕事となっている。そして今まさにシリコンバレーで働いている。縁とは分からない。

久々に実家に帰って、もう一度MSXの電源を入れてみようと思った。